なぜストリップ劇場は増改築できないのか

1.はじめに

 ストリップ劇場を初めとして、既存の性風俗店のほとんどは増改築が許されておらず、建物の老朽化が進んでいることは、よく知られた事実である。最近でも、2017年に、5名の死者を出した埼玉県大宮ソープ火災で、風俗店の老朽化が社会問題としてクローズアップされたことは記憶に新しい*1

 もっとも、風俗店の増改築が許されないことの法律上の根拠や、規制の具体的な内容については、正確に把握されていると言い難いように思われる。そこで、今回の記事では、性風俗店の増改築禁止の根拠と範囲につき、解説を加えたい。

2.性風俗店の「既得権」保護

 その前提として、まず、既存の性風俗店のほとんどが「既得権」により営業していることを確認しておく必要がある。

 これまでの記事で確認してきたように、現行の風営法は、ストリップ劇場を初めとする性風俗店の営業について、極めて厳しい場所的規制を設けている。具体的には、学校や図書館等の「保全対象施設」の周囲200メートル以内での営業ができないほか、各都道府県の条例で禁止エリアとして指定された地域での営業も許されない。その結果として、国内のほとんど全域が営業禁止エリアといっても過言ではない状況にある。

 それでは、現存しているストリップ劇場は、その多くが営業禁止エリアに存在しているにもかかわらず、なぜ今でも営業が許されているのだろうか。その鍵を握るのが「既得権」というキーワードである。

 風営法28条3項は、以上の場所的規制について、その「施行又は適用の際現に〔中略〕店舗型性風俗特殊営業を営んでいる者の当該店舗型性風俗特殊営業については、適用しない」と定めている。すなわち、法改正により営業禁止エリアとなる以前から、その場所で経営している性風俗店については、事業者の「既得権(すでに獲得している権利)」の保護という観点から、「場所的規制を適用しない=そのまま営業を続けてもよい」ということが認められているのである。

 この「既得権」保護の是非については色々と議論がある。それまで真っ当に営業していた性風俗店の営業権を、後出しの法律で奪い取るのは正義に反するという理由で、既得権をなるべく強く保護すべきだという考え方もあれば、新しい法律で営業禁止エリアとなった以上は、既存の業者といえどもそれに従うべきで、既得権などという特権を認めるべきではないという考え方もある。また、既得権を認めるとしても、一定のタイムリミットを設けるべきであるという意見もある。

 こうした議論自体は興味深いものであるが*2、いずれにせよ、現行の風営法は、既存の性風俗店に対して、イムリミットなしの既得権を認めるという態度を採用している。それゆえ、経営者が生きている限り(会社による経営の場合は、その会社が存続する限り)、既存のストリップ劇場はその営業を続けることができるということになる。

 3.増改築禁止の根拠と限界

 ここで本題に戻ろう。それでは、なぜ既存の性風俗店は増改築が許されないのだろうか。

 実はその答えは、先ほど見た条文の中にある。風営法28条3項により「既得権」が認められるのは、もともと性風俗店を営んでいた者の「当該」店舗型性風俗特殊営業に関してである。したがって、大規模なリニューアルを行うことによって、以前の営業との同一性が失われるような場合には、もはや「当該」店舗型性風俗特殊営業店とはいえなくなり、既得権を失うことになる*3。その結果、そうしたリニューアルの後になされる営業は、たとえ看板が同じでも、既得権の及ばない、いわば「新たな違法出店」ということになり、風営法により処罰される可能性が生じることになるとされるのである*4

 問題は、どのような場合に、この「営業の同一性」が損なわれるかである。この点について、警察庁の公表している解釈運用基準第19の1(2)によれば、ストリップ劇場の場合、①建物の新築、移築又は増築はもちろん、②客席又は舞台の改築*5、③建物の大規模な修繕・模様替え、これに準ずる程度の間仕切り等の変更、④客に供用する床面積の増加、⑤営業の種別又は種類の変更(例えば、のぞき部屋への変更)と、かなり広い範囲が「アウト」とされている。

 しかし、建物がいずれは老朽化する以上、建物の修繕なども含めた増改築を一切許さないというのでは、性風俗店に対して、「そのまま朽ち果てろ」と言っているに等しい。あるいは、老朽化したまま営業が続けられれば、大宮ソープ火災のように、惨劇が起きる原因にもなりうる。これで、果たして既得権をきちんと保護していることになるのか、という点は疑問として残る。

 また、そもそも、風営法性風俗店の営業を厳しく規制している根拠は、外部周辺環境への悪影響に求められていたはずである(風営法1条参照)。そうだとすれば、「営業の同一性」が損なわれるかどうかも、工事の前後で外部周辺環境がより悪化したかどうかで判断されるべきであり、少なくとも、改修工事が店(劇場)の内部にとどまる限りは、周辺環境への影響はないのだから「セーフ」だという考え方も、理屈としては成り立ちうるであろう。

 もっとも、現在の裁判所はこうした考え方をきっぱりと否定している*6。裁判所の理屈によれば、そもそも既得権制度というのは、本来営業が禁止されるエリアに、いわば「お情け」で営業の継続を認めるものにすぎない*7。そういう例外的な恩典にすぎないのだから、増改築の自由まで寛大に認めてやる必要は存在しないのである。建物の外側であろうと内側であろうと、改修工事により店舗の「延命」を図ることは、もはや既得権の範囲を逸脱した許されない行為だということになる。

4.おわりに─風営法の「歪み」?─

 こうした裁判所の考え方は、比喩でもなんでもなく、まさに性風俗店に対して「そのまま朽ち果てろ」ということを求めるものである。先ほど述べたように、既得権それ自体に法律上のタイムリミットは設けられていないが、「老朽化」という、いわば物理的なタイムリミットによって、性風俗店の「自然消滅」を図るというのが、風営法の作戦だということになる。

 こうしたやり方の是非については議論が必要である。確かに、増改築を無制限に許容し、名実ともに「永久の既得権」を認めれば、既存の事業者に過剰な利益を与えることにもなりかねない*8。少なくとも、性風俗店を本来的な「悪」とみなす現行の風営法の解釈としては、裁判所の考え方にも一定の合理性があると言える。

 しかし、たとえ「既得権」でも、それが法律で権利として保障されている以上は、きちんと保護すべきという立場もありうるだろう。そもそも、既得権の保護が、本当に単なる「お情け」にすぎないのかという点についても検討が必要である。もし、既得権保護の背後に、むやみに既存業者の営業の自由(憲法22条)や財産権(憲法29条)を犯してはならないという憲法上の要請があるとすれば、むやみな増改築の制限もまた憲法上不当と考えられることになろう。

 また、増改築の制限が、老朽化された建物の無理な使用を促し、かえって風俗に関わる者の危険性を高めたり、反社会的勢力を呼び込みやすい環境を作り出しているとすれば、こうした「歪み」も無視することができない。風営法の意向としては、安全性に問題が生じた時点で、店を畳みなさいということなのだろうが、一度畳んでしまうと、再び新規開業することは事実上不可能となる現在の法制度において、こうした選択は現実的に厳しいものがある。「時代遅れの風営法と揶揄されて久しいが、今一度、風営法の本来の目的に立ち返った規制の見直しが求められるように思われる。

*1:本件に関する報道記事として、例えば、「大宮風俗店火災に全国の歓楽街で働く人々が震撼した事情」NEWSポストセブン(2017年12月31日)を参照。

*2:既得権を尊重することの意義につき、フランス法の議論を参照しつつ、本格的な検討を加えたものとして、斉藤健一郎「法、時間、既得権:法の時間的効力の基礎理論的研究」2014年度筑波大学博士(法学)学位請求論文171頁以下を参照。

*3:風俗問題研究会著『風営適正化法ハンドブック〔第4版〕』(立花書房、2016年)117頁。

*4:この場合、営業禁止区域等の規制に違反したことになるため、風営法49条5号及び6号により、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金(併科されることもある。)が科せられる可能性がある。

*5:ここでいう「改築」とは、「建築物の一部(当該部分の主要構造部の全て)を除去し、又はこれらの部分が災害等によって消滅した後、これと用途、規模、構造の著しく異ならないものを造ること」をいうとされる。

*6:東京高判平成21年1月28日裁判所ウェブサイトは、店舗の周辺環境に及ぼす負荷が増大していない場合には、営業の同一性が維持されていると評価すべきとの弁護人の主張につき、「独自の見解であって採用できない」と断じている。

*7:例えば、前出・平成21年高判の原審である、東京地判平成19年12月26日裁判所ウェブサイトは、「禁止区域において風俗関連営業を営むことは、本来許されないことであ」り、既存の事業者でも本来は「禁止区域にある限りその営業は当然禁止されるべきものである」という前提を述べたうえで、既得権制度をあくまでも「例外的に、禁止区域における営業の継続を認めたもの」と位置づけ、こうした制度趣旨に鑑みれば「建物の新築、増改築、大規模な修繕や模様替え等を行ったことによって、以前の営業所における営業との同一性が失われるような場合には、もはや従前より営んでいたことによる例外的な保護を与える必要は毫も存在しない」としている。こうした判示の背後には、明言はされていないものの、既得権制度を国家による「お情け」のようなものと捉えている裁判所の理解を伺うことができよう。

*8:大塚尚『風俗営業判例集』(立花書房、2016年)237頁以下は、改築等による営業の拡張を認めると、キャッシュフロー成長率がプラスになり得ることから、それが割引利子率を超えれば、既得権が無限大の価値を持つことになりかねないため、改築等を認めないことも妥当であると評する。